思春期女子の反抗期がこじれない、幼少期から作る親子関係のポイント




ゆゆ子には高2と中2の娘がいるのですが、中2の娘の反抗期がようやく終わりの兆しが見えてきました。

これまでのツレない態度から素直な態度に戻ってくれると、これまで子憎たらしかった分、可愛いく思えて仕方ありません。親バカですね(笑)。

我が家の娘たちの反抗期は、ツレない態度をとるくらいなもので割と軽めなものでした。これには幼少期から子供に接する上で意識していたことがあったんです。

子育てに正解はありませんが、子育てのゴールはどこ?を意識していくことで、親のあり方もブレなくなると思うのです。

子育てのゴールは自立させること

「子育てのゴールは自立」というのはゆゆ子自身が気づいたことではなく、とある子育て講座で教わった事です。

これを教わったのは長女が3歳の時でした。3歳のタイミングでこのことを知ることができたのはラッキーでした。

なぜなら何がこの子にとって良いことなのか?迷わずに済んだからです。ブレることのない指針ができたのです。

ゆゆ子は自立とは「自分で決めたことの結果は、自分が責任を持つ」ということだと考えています。

これは、不本意な結果になったとしても、人のせいや環境のせいにしないで、次の策を練れるようになるということでもあります。

そういうのは簡単だけれど、これは実際には大人だってなかなか難しいこと。上手くいかなかった時、人のせいや環境のせいにして悲劇のヒロインになっている方がよっぽど楽ですもん。

今わたしたちは変化の激しい時代に生きています。これまでの価値観が通用しなくなることだって往々にしてあります。

娘たちには、そんな時代をたくましく生き抜ける大人になって欲しいと願っているのです。

親の敷いたレールは歩ませない

娘たちには自立して欲しいので、自分のことは自分で決めてもらうようにしました。

主には、習い事、遊ぶ友達、進学先の高校です。選択肢は与えますが、最終的に決めるのは娘です。

持ち物の準備も、幼稚園の頃から自分でやらせました。そして先回りして世話を焼くこともしませんでした。

親の言うことを聞いたのに上手くいかなかったとか、親が準備してくれなかったから忘れ物をしたとか、人のせいにすることを習慣にして欲しくなかったからです。

もちろん失敗したことは数知れず。でもゆゆ子自身がそうですが、人ってしくじって痛い思いをして初めて真剣にどうしようか考えることができるんですよね。

もっと細かいところでは発表会に参加するかどうか?とか、習い事の発表会の打ち上げに参加するかどうか?とか、子連れのママ友の集まりに参加するかどうか?とかも娘に決めてもらいました。

次女は幼少期から自己主張が激しい子だったので、全部彼女に決めさせていて、大抵は参加しないという返事でした。

自分で決めたことの満足感と納得感

親の希望や願望を子供に託すようなレールを敷くことはせず、常に娘たちに問い続けるようにしていました。

何が好き?

どんなものが好き?

どんなものが嫌い?

何がやりたいの?

どうしたいの?

こういった基準で決めた習い事だったので、友達がいなくても一人で通っていたものもありますが、本人は楽しんで長く習っていました。

指示命令はしない

子育てをしていると、つい「早くしなさい!」と言いたくなる場面がたくさんあります。でも、そうやって急かしても上手く行くことってないんですよね。

そこで、「早くしなさい」の代わりにかけた言葉があります。

・起こす時→今○時だよー。

・すぐに出かけたい時→あと残り5分だよ。

・朝テレビ観てボーッとしていたら→準備はあと何が残ってる?

・次にやることが分かっていない時は→次は○○するよー。

などなど。

時間がない時ほど、具体的にどう行動すればいいのかイメージできるように声をかけてました。

その他のことも、「やりなさい!」と言わずに、「いつやる予定なの?」と聞くようにしていました。

反抗期に入ってから

指示命令をしないようにするのは、実はすごく難しいことでした。

早くしなさい!

宿題やりなさい!

お風呂に入りなさい!

そう言ってしまう方が、こちらは楽なんですよね。でも、指示命令でいうこと聞いてくれるのは小学校3年生くらいまでです。

そのうち「うるさいな!」って反発するようになります。これは自分の思春期の頃を思い出してもそうでした。

指示命令ではない言い方を練習していたことで、余計な摩擦を産まずに済んでいたことが、反抗期をこじらせない大きなポイントだったと振り返っています。

さいごに

反抗期って、親の言うことだけは聞きたくない時期だったりします。

指示命令をしない物の言い方の練習をすることで反抗期がこじれないポイントだったのではないかと、振り返っています。

また、夫婦の会話でも棘のない言い方ができるようになったことは、副産物でした。